■ 平城京跡(平城遷都1300年祭会場)-3     /  奈良2010.9.18-20  G
 平城京歴史館では「遣唐使が結んだ東アジア交流の歴史」をシアター設備などで解説しています。
  
建物脇には遣唐使が使った遣唐使船が復元展示されています。有料施設の平城京歴史館に入館すると甲板だけ
ですが見学できます。
 1300年前ですからねぇ。造船技術も今と比べたら比較にならないでしょうから死と隣り合わせの渡航だったでしょう。
 
 今年、奈良観光を目論んだ理由は「聖徳太子」の存在でした。
1回目は、『日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙(つつが)なきや・・・』
2回目は、流石に『東の天皇、西の皇帝に曰す』と言う表現になっているようですが、当時の大国「隋(581-618年)」
に対して対等外交を試みたのが好きだからです。
 隋の滅亡後、唐の時代になり遣唐使が派遣されるようになりました。

 この年(2010年)9月、尖閣列島での漁船の領海侵犯・公務執行妨害により船員・船長の逮捕問題が出ました。
 
去年(2009年)、スペインの新聞が催した 「世界で最も美しい政治家」のインターネット投票で、中国からただ1人、
58位に入った(ちなみに、1位は青森・八戸の藤川優里市議「美人すぎる市議」)中国の姜瑜副報道局長の口から
飄々と・しかも次から次と『盗人猛々しい日本を小馬鹿にした要求』が報じられ、日本人は唖然とした。

 この頁で、この話題を書き込んでどう纏め上げるか?
そんな能力は全く無いので、事実を事実として記載し、遥か昔に堂々と対等外交を試みた聖徳太子に拍手を送りたい
と、思うのです。
 左上はまたまた登場の第一次大極殿、その手前は第一次朝堂院跡地。その右手に第二次大極殿の跡地がありま
す。
 敷地の南東端に「東院庭園」があります。
 当時の造庭技術を復元しているとのことです。
 池の周りを玉石で固めるのは岩手県平泉の毛越寺と似ていますね。
 
 
 
 庭園の北側では発掘作業が行われています。 北東地区には遺構展示館・体験楽習広場がありますが、疲れ
きったのでパスし、奈良の観光を終わりました。