■ 富谷宿 [奥州街道・宮城県富谷町]
 富谷宿・本陣跡、内ヶ崎酒造店  MAP
1620年に富谷宿が開宿した。検断や肝入を務めた内ヶ崎家が本陣を仰せ付けられた。
 同、旧本陣跡と、向かい側にある内ヶ崎家分家『内ヶ崎作三郎生誕地』(政治家1876-1947。元衆議院副議長)
 脇本陣跡、名望家・気仙屋。 左上は、東側の内ヶ崎家別邸方向。右上は、本陣、熊野神社方面。
   宿場町の有る通りは、標識などは整備されていましたが、全体の案内図が無いのが残念です。
 何軒か蔵も残っています。   右上は、「さとうや」の地場産品の販売所の店蔵。
元本陣の内ヶ崎家別邸
 本陣跡の近くに『恋路の坂』と言うのが有りました。 この坂を上ると茶の畑が(小さい規模)有ります。往時は一帯で茶が栽培され、富谷茶と
して知られていたようです。

 さて、この細道が何故『恋路の坂』か?と言いますと、女流歌人・原阿左緒(はら あさお 1888-1969)と恋仲になった石原純(東北帝国大学教授
・日本でのアインシュタインの弟子)が人目を避けて手に手にとって富ヶ岡公園に通ったとのエピソードがあるそうです。原阿左緒の家はここから
約4km西側の宮床村に有りました。
 左上:富ヶ岡公園からの展望。この道を下りぶつかった通りが旧本陣などが有る通り。右上:開宿の際に、仙台藩主伊達政宗によりこの
場所に移築された熊野神社。


 2006.7.1、宮城県北西部に出かける用事が有りましたので、自宅から国道4号線・奥州街道を岩手県境まで車で走ることとしました。
自宅から宮城県最北部の宿場・有壁宿まで直線距離で65km。遠距離は東北自動車道を利用していますので一般道(4号線)を「通し」で
走るのは初めてです。結果的には、途中で道草を食ったりしてかなりの時間オーバーとなりました。
 ここ、富谷でも国道4号線のショッピングセンターの有る(左上写真の左上)信号から町の中に入りましたが、入って直ぐ右折すべきところ
太目の道路に沿って左折した為、ひより台、太子堂・富谷ニュータウン、富谷カントリーのある北側に迷い込み右往左往、(頼りの地図は
少し古く、目印の富谷町役場は別のところに移転していました。)
 国道4号線からは、ショッピングセンターの信号の一つ手前、「富谷一枚沖」の信号を右折し暫く直進すると熊野神社に出ます。この右手
の通り一帯がそうですので迷わずに本陣跡の有る通りに出ます。