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■ 金沢宿(かざわ) 気仙沼街道/ 岩手県一関市 |
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一関街道(又は石巻街道)のここ、金沢宿を基点として宮城県気仙沼に向かうのが気仙沼街道です。
この街道は、江戸時代以前から原型が出来ていたと考えられています。
海運の港・気仙沼と、北上川の河港・薄衣(うすぎぬ)を持つこのルートは経済交易ルートとして重要な役割を果して
いたようだ。 江戸中期以降は、葉タバコ、紅花、絹糸を積んだ人馬が頻繁に行き来していたようだ。
金沢宿は、JR東北本線花泉駅から約2km程北、国道342号線の丁字路、コンビニのあるところが入口となり500m程
の町並です。当時の建物は無いものの街村風景を残しています。 |
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田圃の中から発見された道標。『右ハいしのまき、左ハうすぎぬ』と刻まれているらしいが読めない |
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その道標は、写真左上の左端に有り、ここから緩い坂道になっています。
各家の前には、『元 かじや』などと書かれた行燈があります。 |
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横板の雨戸が古そうです。 元・薬屋 |
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左:上戸 右:検断所跡
※検断は、仙台藩においては町場に置かれ、伝馬をはじめ宿駅関係の一切の仕事を取り締まり、統括する重要な職務であった。 |
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問屋場跡 |
伝馬所跡 |
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八幡神社の再建・遷宮に当って『大名行列』の様式で御神体を守ったと言う由来で、今でも大名行列が行われて
いるようです。 |
◆ 薄衣(うすぎぬ) /旧・川崎村(現・一関市) |
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金沢宿から北東に進み北上川に出合ったところが薄衣宿(うすぎぬ)。ここには、対岸の谷起(やぎ)渡船場から
北上大橋が開通する昭和13年まで船を使って交通していた。
場所ははっきりしませんが、対岸の橋の袂辺りかと思われます。薄衣(旧・川崎村)側にも船の発着場らしき遺構が
残っていました。
写真を撮り忘れましたが、橋の北側の少し高台になった所(役場の所)に米蔵、塩蔵があったとのこと。 |
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