■ 大同 「雲崗石窟」① 2020.01.06 
   
 西暦386年、現在の大同市を都として「魏」(三国時代の魏と区別するために「北魏」と呼ばれる)を建国。
その後に異民族国家を次々と滅ぼし、439年、最後まで残っていた匈奴系の北涼を滅ぼし、中国北部一帯を
統一した。

 中国北部を収めた異民族王朝では仏教が手厚く保護されていた。
王朝側は人口的には少なく、被支配者である漢民族は多数派を占め、かつ、儒教や道教を信じていた。
異民族の王たちがもしも儒教や道教をよりどころにすると精神的に漢民族に取り込まれてしまう危険性が
有ったことから仏教を支柱とした。

 460年に始まった石窟建設は195年に北魏の都を洛陽に移すまでの35年間つづけられた。
流れは敦煌・莫高窟石窟の流れを組んでいるが、
莫高窟は砂岩の為に岩自体がもろく大型の大仏を作ることが出来ず、粘土で作られて(塑像)、壁面には
絵が描かれた。

 一方、雲崗石窟は岩が固いため大型の仏像が作られた。
と言うことは、国力と技術が高かったと言える。 

 尚、大型の6石仏のモデルは北魏歴代の皇帝だと言われている。
日本でも、法隆寺の釈迦尊は聖徳太子がモデルと言われるのと似ている。
  
  「夏タイヤ」で冬を過ごせる大同近辺に積雪があり、前日に北京から大同に移動中高速道路が閉鎖され、
かなり遅れてホテル入りするはめになりました。
翌日も高速道路の閉鎖が続きこの雲崗石窟観光後の太源へのバス移動の予定が高速鉄道となった。

 と言うことで、雲崗石窟も雪景色です。
 中国の観光地は、かなり手前に入場券売り場があり電動カートで本来の入り口に入る。
いつも考えるが・・・何故だろう?
  ここが本来の入り口の「前門」   何かの碑文
     東西1kmに亘り53の石窟が築かれた。
  第一窟目。 隣の第二窟と対になっている。   中には塔があり壁面にもびっしり仏像彫刻がある。
  天井  
    第二窟の塔
  外にも仏像がある  
    馬車道の轍(わだち)の跡
   
    第三窟 最も大きな石窟
   阿弥陀仏の高さは10m
  脇菩薩は、観世音らしい。  
    岸壁のへこみの所が鳩のお宿の様だ。
  メイン石窟に入る   第五窟から45窟の門
 第五窟  
  楼閣の模様