■三国志ゆかり地  姜維(きょうい)墓   2017.12.31 
   
  三国志ゆかりの地巡りの2つ目は「姜維の墓」です。
五丈原からバスで移動し宝鶏駅から高速鉄道で40分乗車し天水南駅に到着。
その後郊外に入り約2時間ほど進み涼州天水郡冀県を目指します。
 やがて山間部の山村に入る。
バスのドライバーも初めてらしく、狭い村の道を行ったり来たりしてました。
 住民に道を聞いて、山椒の木の畑の上の方の駐車場に到着。
畑の細道を進むが、ガイドが道を間違え、これも戻った。
  やっと本来の道に戻って、山道を進む。
 程無く、目的地・姜維の墓に到着。
 
姜氏は代々「天水の四姓」と呼ばれる豪族だった。

228年、蜀の諸葛亮が北伐にて接近した際、太守の馬遵とともにその偵察に赴いた。
ところが各県の降伏を耳にした馬遵は、配下の姜維(中郎)らが諸葛亮と内通しているのではないかと疑い、
逃亡した。姜維らは彼を追ったが城内に入ることを許されなかった。
 
このため、ここ冀県に戻ったが、そこでも受け入れてもらえなかったため取り残された姜維らは行き場を失い、
仕方なく蜀に降伏した。
 
諸葛亮は姜維らを引き連れて成都に帰還した。
 
諸葛亮はその才を高く評価し、倉曹掾・奉義将軍の官を与え、当陽亭侯に封じている。
  
この山の下に姜維の親戚などが多く住んでいるとのこと。
 駐車場には上のようなかなり狭く急峻な道を登ったが、安全の為に戻りは徒歩で下に降りた。