■ 高野山 奥の院 2012.7.16
 高野山の「奥の院」は、入口となる「一の橋」から「中の橋(二の橋)」を通り、弘法大師空海の御廟がある「御廟橋」まで、
2kmにも及ぶ参道が続いています。
 本来「一の橋」から参拝するのが正式のようですがツアーで案内するのには長いのと、駐車場の観点からでしょう
中間地点の「中の橋」付近の「中の橋駐車場」から出発しました。
 最初、企業関係の墓がありまして、ロケットとか「しろあり」の墓とかがありました。
高野山奥の院は宗派無関係で分骨した墓とかメモリー的な墓が10万とも20万基とも言われるぐらい有るそうです。
 やがて、奥の院に向かう参道に入ります。
左手を「一の橋」方面に進むと「二の橋」近辺に仙台藩主・伊達政宗の墓など戦国武将の墓があります。
今回見ることが出来ませんでした。
 ここに芭蕉の句碑がありました。
「父母のしきりにこいし雉子の声」 出典 は『笈の小文』。 貞亨5年(1688年)春、芭蕉が杜国と高野山を訪れて詠んだ句。
「結城秀康(家康次男)石廟」。重要文化財に登録されているそうです
 御廟の橋
この奥に「奥の院」がありますが、ここから先は撮影禁止です。
護摩堂。
高野山には切り紙がしめ縄のように吊されている。これを宝来といい、年中飾られているそうだ。
 大黒堂  奥の院に向かう参拝客に出会わないよう別の道を戻る。
 普通のお寺さんでも無縁塚はありますが・・・
高野山だけに規模が凄い。
ここは古くから墓地があったため新しい墓地を造ろうとすると地中から無縁となった石塔が出てくることが多いそうだ。
そのような無縁の石塔を一ケ所に集めたのがこの無縁ピラミッドなのだそうです。