■ 海野宿(うんの)・ 長野県東御市2006  その1           その2へ
 2006.5.21 長野県東御市(とうみし)の海野宿(うんの)を訪問しました。
この日、JR東日本の土日切符を利用して長野市の日帰り旅行を計画しましたが、ふとしたきっかけで「東御市」を知り、ネットで調べたら
有るでは有りませんか『うだつの立派な宿場町』が!!


 旅する人間にとっては絶好の五月晴れ、しかし、古い町並には曇り空のほうがしっくり来るかも知れませんね。 アヤメ咲く海野宿。
 長野新幹線上田駅で下車し、しなの鉄道に乗り換え田中駅から(或は一つ手前の大屋駅からも同じ)徒歩20分位の位置に有ります。
時間の節約と体力温存の為、往きはタクシーを利用しました。 駅から西に向かうと途中から線路沿いに遊歩道が整備されています。
 海野宿の入口に当る所に「白鳥神社」があります。旅の安全を祈ってお参りです。
境内には、樹齢700年のケヤキの古木が有りました。 ケヤキ並木は仙台市のシンボル、先輩格の銘木に親近感を覚えます。

   
 ◆伝統的建造物の意匠
 例えが悪いですが、仙台を本拠地にした「東北楽天ゴールデンイーグルス」は応援していますが、選手の事を聞かれても何一つ答え
られない管理人。 古い町並みシリーズも増えてきましたが、殆ど知識も無く歩いています。

 東御市発行のパンフレットに詳しく載っていましたので、管理人の備忘録も兼ねて以下に記します。
  
  ● 『気抜き −小屋根』
 海野宿は、1625年に北国街道の宿場として開設されました。 佐渡の金の運搬、北陸の諸大名が参勤交代で通った道です。
また、江戸からの善光寺への参拝客も多く有ったそうです。  近くの「田中宿」が洪水で被害を受けた後は本陣が移され、栄えました。

 明治時代に入ると、宿場時代の広い部屋を利用し養蚕に励み「宿場から養蚕の村」に移り変わりました。
蚕の飼育には保温が大切で火を室内で焚いた為、大屋根の上に煙り出し用(気抜きの)の窓が付いた小屋根が取り付けられました。

  
● 海野格子
 海野宿には格子戸がはまった家並みが続いています。
二階の格子の多くは「出格子」になっており、長短二本づつ交互になっているのが『海野格子』と呼ばれる当地の特色ある格子です。
これらは江戸時代のもので、 一階部分は、明治以降に作られたものが大半だそうです。
  
● 出桁造り
 一階よりも二階部分が張り出して造られた物が『出桁造り』と言われるものです。
これらは、江戸時代の旅籠屋に見られるものだそうです。

  
● 本うだつ
 『うだつ』
男の甲斐性、うだつが上る、うだつが上らないのあの『うだつ』です。
幾つか種類が有りますが、建物の両側にある妻壁を屋根よりも一段高く上げて小屋根をつけたのが江戸時代の『本うだつ』だそうです。
防火壁の役目を果たし『火返し』とも呼ばれています。

● 袖うだつ
 明治時代に入ると、一階の屋根の上に張り出して意匠を凝らして装飾を兼ねた袖壁『袖うだつ』が設けられる様になったそうです。

 いづれも、裕福な家でなければこの様なうだつ(卯建)を造る事は出来ません。
管理人も、ウダツの上らぬまま第二の勤め先でお世話になっており、何年か後にはこのまま現役を終えそうです。