■ 太宰治ゆかりの地 三鷹 その1
 JR三鷹駅に降り立ち、先ず向かったのは線路沿いの西側にある陸橋(跨線橋)。昭和4年に竣工したその当時の姿を
留めています。
 太宰治は、中央線に掛かるこの橋が好きだったらしく、友人が来ると案内したこともあったようです。
 「線路は続くよ、どこまでも〜♪」そんな歌もありました。
  
この線路の、ずっと先の
北の端辺りに津軽鉄道・金木駅があります。
  
 私自身も線路を見ているのが好きですが、もしかたら太宰治もこの光景で望郷の念に駆られていたのかも知れ
ません。
 太宰治の生誕100周年(昨年は没後60周年)に当たる今年(2009年)7月に縁あって生誕地を訪問しました。
それと・・・
東京在住のWEB友・ぶんこさんからも、昨年三鷹情報を頂戴していたこともあり、とても気になってはいたのですが
のびのびになっていた三鷹・太宰治のゆかりの地散策が実現しました。(2009.10.18)
 
 今回のコース取りを説明するために「太宰治文学サロン:Mapの@番」で発行している三鷹 太宰治マップ(\100)
を使って説明すると、Eから→さくら通りに入りFGHと見て回り、@から北に向かってABと見た後、Kの玉鹿石
のある入水自殺をした付近の玉川上水(「風の散策路」)を見ました。
 ここからは、C→Oと回るのが効率的ですが、用足しと体制整えるために一旦JR三鷹駅に戻り、O→C→三鷹駅
のコース取りをしました。
 陸橋から駅方面に戻る途中に右手に入る。三鷹通りの歩道橋を渡ると程なくF中鉢家跡に到着。
 ここは、昭和21年11月疎開先から戻った太宰が仕事場
として借りた先。「ヴィヨンの妻」等を執筆。
 「朝」は、ここの部屋が舞台となっています。
 更に進むと、駐車場になっているあたりが(↑)
うなぎ若松屋跡。編集者との打ち合わせなどに利用
していたところ。
 三鷹駅前・中央通を横断し、通り一本目が「I 太宰横丁」行きつけの「喜久屋」などがあったところ。
一寸入ったところがH田辺肉店離れ跡。この店を舞台に「犯人」が書かれた。
 更にさくら通りを二丁進んだ所に、太宰がよく通った@伊勢元酒店跡地・グランシャルダン三鷹1Fの「太宰治文学
サロン」に到着です。
昨年の没後60年、今年の生誕100年を記念し昨年(2008年)3月にオープンした施設です。
各種資料が展示されていますし、物販もしています。
 
ボランティアガイドの方がおられまして、いろいろ説明をしていただきました。「仙台から来た」ことが分かると、VTRを
先ず見てくださいと勧められ「三鷹市内の太宰ゆかりの地紹介ビデオ」を拝見。
「少し、ご案内します」と、玉川上水の入水自殺した辺りまでご案内いただきました。感謝です。
                            
     ◆ 太宰治の故郷 金木 (斜陽館)