■ 奈呉の浦    富山県射水市 新湊地区
  
 1689年新暦8月28日、芭蕉と曾良は奈呉の浦に着いた。

 黒部四十八か瀬とか言う数知れない多くの川を渡って那古という浦に出た。あの有名な担籠の藤の花は春では
なくてもしみじみとした趣があるだろうから人に尋ねて見ると、「ここから5里ほど海岸を歩いて向こう側の山影に
有るが、宿を貸すものなどいないだろう」と脅かされて加賀の国に入る。

 早稲の香や分け入る右は有磯海  
   (ここでは早稲が一杯実って香りが漂っているよ。それを掻き分けて進むと右には有磯海が見える。)
 富山県射水市新湊地区の港は『奈呉の浦(那古or奈古)』と呼ばれ、古くから歌枕として知られています。
 放生津八幡宮(ほうじょうず)には、大伴家持の句碑や芭蕉の句碑などが有ります。

 港風寒く吹くらし奈呉の江につまよびかはし鶴さはに鳴く   …大伴家持
  (港の風が寒々ととして吹くらしい。奈呉の海岸でお互いに相手を呼ぶ鶴が沢山鳴いていることだよ)
 芭蕉の『わせの香や…』の句碑。真ん中から折れていて、セメントで接着してある。
 芭蕉と曾良は奈呉の浦から高岡に入り、高岡で2泊しているらしい。
この日、おわら風の盆・月見のおわら鑑賞ツアーで高岡市に宿泊し、翌日はゆっくり出発だったことから、芭蕉達とは
逆のコースで高岡から射水市までチンチン電車(万葉線)で行って見ました。
 乗ったのは黄色い在来型の電車ですがヨーロッパから輸入したというカッコイイ電車も走っています。
 放生津八幡宮の最寄り駅、東新湊駅から神社に向かうと、途中で曳山に遭遇です。
訪問した2006年10月1日は、『新湊曳山まつり』が開催されていて、この神社が集合場所でした。
運行は9時からですが7時ごろから御祓いを受ける為に集合していました。
 曳山(山車)の一番古いのは1650年創建と言われています。芭蕉も秋の時期にここを訪れていれば、見ることが
出来たかも知れませんね。