■ 湯殿山
 ■ 出羽三山・湯殿山
 芭蕉一行は出羽三山の一つ羽黒山から月山を経て、ここ神秘の霊場湯殿山まで縦走しています。
1689年新暦7月23日修行者の装いに着替え雲霧の中を氷雪を踏んで月山に上り、頂上で一泊する。翌日の24日、ここ湯殿山に下る。

月山には死者の霊が集まると信じられ登山者も八合目の弥陀が原で一旦死んだものとして取り扱われ阿弥陀如来をまつる山頂へと導かれる。
そして、湯殿山で湯殿大神の慈悲で、この世に産み落とされ再生すると言う図式になっている。
 
 湯殿山は、平成17年に開山1400年を迎えました。古来、出羽三山の奥宮とされ、「語る無かれ」「聞く無かれ」と戒められた清浄神秘な世界
です。  奥の細道でも、三山道中のことは修行者の法式として他言する事を禁じているのでこれ以上の事は書かないと記している。
 宿坊に戻り、阿闍梨(あじゃり=あじやりやの略。弟子たちの模範となる高僧の敬称)の求めにより、三句詠んでいます。
 涼しさやほの三日月の羽黒山
 雲の峯幾つ崩れて月の山
 語られぬ湯殿に濡らす袂かな

 山形から高速道路を酒田に向かうと途中月山ICで高速道は終わり、国道112号(月山道路)に入ります。月山第一トンネルを抜けて程なく湯殿山
に向かう道が有りますのでこれを進むと湯殿山有料道路入り口に着きますのでこれを上ります。上りきって駐車場に着くと『でっかい』大鳥居が目
に飛び込んできます。ここから上の「湯殿山神社」本宮へは徒歩又は専用バスで行きます。
↑の写真 左は、大鳥居脇にある『即身仏』の供養碑。 右の写真は、上からの大鳥居景観。
 湯殿山神社には、神社の御社は有りません。御神体は、熱湯の吹き出る茶褐色の巨大な「岩」で、左の写真の様な渓谷の下を流れる沢沿い
に有ります。 

 写真右手に見える小屋で裸足になり、左手でお払いを受け紙で作った人形で全身をさすってわが身の穢れをこれに移し、息を吹きかけたのち
足元の沢水に流し、いよいよ奥へと進みます。
この先は撮影禁止なので写真は有りませんが、直ぐ左手に大きな岩が現れ、温泉が流れています。これが御神体でお湯が流れる御神体脇を
5m程登って、御神体の頭の部分を見ることが出来ます。お湯は熱いと感じるほどの温度です。
参拝が終わると、写真の右手に見える「御神湯風呂」(開山1400年記念に作ったと言いますから、今年の話でしょう)で足湯を楽しめます。
『湯殿山』とは、御神体の岩とお湯そのものからの命名だったのですね。 岩からお湯が出てくること=この世に命を与えられ再生すると言うこと
の様です。 江戸時代には西のお伊勢詣り、出羽三山奥詣りと称して、両方をお参りすることが重要な儀礼であり、全国各地からの参拝者で賑
わったとのことです。
 又、羽黒山での修行を終えたものでも湯殿山に来なければ大願成就は出来ないとされていたようです。
 一旦、参道の柵に沿って社務所の区域に入った左手、月山への登山道に芭蕉句碑(右)と、曾良の句碑(左)が
有ります。 湯殿山奥宮の社務所からは少し見えにくいので前回来訪時には見逃してしまいました。
社務所で神主さんにお聞きすると良いです。
湯殿山 銭(ぜに)ふむ道の なみだ哉 …曾良 語られぬ 湯殿にぬらす 袂哉(たもとかな)  …芭蕉
 湯殿山は山中の出来事を語ってはいけないのだが湯殿山の湯殿で湯に浸かり、そのあまりもの感動の涙で
袂をぬらす。 そんな意味でしょう。                <2012.10.07 句碑部分を追加>