■封人の家(ほうじんのいえ)・山刀伐峠(なたぎりとうげ)
■ 封人の家
 芭蕉と曾良は、新暦7月1日、宮城県・鳴子の尿前の関をやっとの思いで通過し、日暮れてしまったので国境の番人
の家を見つけ泊めてもらった。 雨が3日間も降り続きここに足止めされた。
ここが「封人の家」として国道47号線・JR堺田駅近くに残っています。 
 ここで、蚤虱馬の尿する枕元…蚤やしらみに苦しめられた上に馬が小便する音が聞こえることだ。この枕元に。の句を詠んでいます。
と、言うと直ぐ頭の近くのように聞こえますが…
馬屋は土間と板の間を挟んで、次の間の部屋が芭蕉達が寝た部屋だと想像されています。従って、「枕元」からは少し離れています。

 
※東北地方の農家には岩手県の『南部曲り家』に代表されるように家の片隅に馬小屋があることが多い。
■ 山刀伐峠
 家の主人が言うことには、『ここから出羽の国に行くには人も偶にしか通らない山越えになるので、
道案内を頼んだ方が良い』との事だった。
 封人の家の主の勧めにより人を雇った。強そうな若者が反脇差を腰に、樫の杖をもって先を進み、『今日は
危ない目にあうかもしれない』と言うので怖い思いをして後をついて行った。
主人が言ったとおり高い山は森深く鳥の声ひとつしないし、木の下は暗く枝が重なり合ってまるで夜道を歩いている
ようだ。
「雲の端から土が降る」の詩さながら篠を踏み分け、水を渡り、岩にけつまずいたりしながら、冷や汗もので
最上の庄に出た。
 案内の若者が言うことには『いつも何か悪いことが起きますが、今日は何も無くて無事にお二人を送れて
幸運でした』とのこと。こうして喜んで分かれたが、これを聞いて胸がドキドキした。


 最上町から赤倉温泉に向い県道28号線(尾花沢・最上線)に入り、山刀伐トンネルの入り口に旧道「山刀伐峠」を走ってみました。
舗装整備はされていましたが車一台通れる細い急な坂(通称27曲りと言われる古道部分)を大きく迂回しながら山頂駐車場まで上りましたが
なかなかの難所です。対向車が来たらどうしょう? と、思いながらの上り道です。
トンネルのところの古道の上り口。 旧道の山頂駐車場
山頂駐車場部分に到達する。ここで古道舗装道路と合わさり、少し戻る格好で戻ります。
そして又、途中から上に上ります。 こちらは、峠の尾花沢方面の上り口。
 車でさえ、やっとの思いで峠を越したと言う感じの峠越えでした。尾花沢方面の上り口の駐車場です。